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★神納・亮子

2009年11月03日 03:37

──アンタなんて生まなければ良かった──

 自分を罵る女の声が、静寂の世界に木霊した。
 
 
 …鳴り響いた目覚ましの音がソレを掻き消して、朝。


 …寝覚めはサイアクだ。

 当然も当然。
 世界で一番嫌いなオンナの声を、何が悲しくて再び耳にせねばならないものか。
 亮子は深く溜息をつくと、呻くように寝返りを打った。

 苛立ち紛れに、煩くベルを鳴らし続ける目覚まし時計をあらん限りの力で叩く。
 …勿論これで壊れるような柔なものは使っていない。
 寧ろ叩いた自分の手が、予想外の硬い感触に痛みを訴える。

 何事も無かったかのように沈黙した目覚まし時計に理不尽な怒りを覚え、振り払うようにベッドから叩き落した。
 耳障りな音を立てて、目覚まし時計はフローリングの床を転がっていく。

「……ったく…」

 何なのよ、もう。
 吐き捨てるようにそう言い放って、息を吐く。

 親との思い出、というものは。
 恐らく大半の人間にとっては懐かしむべきものなのかもしれない。
 今この瞬間にも、幸せにそれを育んでいる同世代の子供も、数多いだろう。

 だが。
 亮子の中にある親との思い出は、必ずしもそうではない。
 彼女にとってそれは、嫌悪するものであり、出来得るならば記憶から綺麗に拭い去ってしまいたいものだった。

 …大体。
 亮子は横になったまま、不貞腐れたように膝を抱えて息を吐く。
 あんなものはもう過去の話だ。遠い過去の話なのだ。言い聞かせるように、呟く。

 だのに、何故、ソレを未だ鮮明に思い出すと言うのか。
 忘れさせてくれても良いだろうに、存外自分の脳細胞はタフにできているらしい。
 良い迷惑だ。

「……ったく、何なのよ」

 先ほどと同じ言葉を呟く。
 落ちて転がった時計に目をやった。…6時半。

 朝のトレーニングをサボって、不貞寝してやろうかともふと思う。
 だが、不真面目でいい加減に見えてその実、亮子は自分に厳しい。
 …チームを牽引する選手である自分が。鍛練を欠くなど、あってはならない。

 才能だけで強くなどなれはしない事を亮子は知っている。
 だから亮子は常に努力してきた。
 一流と呼ばれるに値する選手である為に努力してきたし、…適当にしていればなどと口にする勉学でさえ、無論一定以上の努力はこなしている。

 自分に力さえあれば、何もかも叶うのだと亮子は常に口にする。
 誰にも読めないようなプレーで、鮮やかにゴールを奪う事もできる。
 人に素晴らしいと言わしめるような実力を発揮する事だってできる。
 望むままに勝利の女神を引き寄せるコトだって、可能になる。

 頑ななまでに、亮子はそれを信じている。
 だから、がむしゃらなまでに努力を重ねた。
 …無論、他者にソレを気づかせる事などなかったし、その必要もないが。

 けれど、本当は解っているのだ。
 盲目的にそれを信じ、努力を重ねると言うその行為が、唯の誤魔化しでしかない事を知っている。

 どれだけ打ち消そうとしても消し去り得ない、胸の奥に染み付いた心的外傷(トラウマ)。


──アンタなんて生まなければ──


 どれだけの努力をしても叶い得なかった望み。
 そして、それが叶い得なかったという、その事実。

 消えない記憶を消し去りたくて。
 消えないことなどとうに解っていても、亮子はそれでもひたすらにもがいてきたのだ──。
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