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★翼と亮子

2009年11月14日 02:54

──再会は、7月に遡る。


「つまんない生活してんのね、風深」
 皮肉気な声音は嫌と言うほど聞き慣れた、そして願わくばもう二度と聞きたくなかったそれと、全く同じものだった。
 
 振り返った視線の先には、嫌な感じのする笑みを浮かべた女が立っている。
 …嫌な感じというのは何も語彙が貧弱なのではなく、本当の意味で「嫌な感じ」なのだ。
 この女はそういう生理的な嫌悪感と言うか…
 …生理的ではないかも知れないが、何となくそりの合わないイメージを、初対面から私に植え付けた。

 そして今も同じく。
 初見で備わった「嫌な女」という印象は今でも変わらないままだ。
 あの場所を離れ、二度と会う事もないだろうと思っていた今でも。
 二度と会わないのだとそう思っても、奴を思い出して懐かしさがこみ上げるような事など一度もなかった程度には。
 思い出の中に不快感しか残していない相手というのも、ある意味では珍しいのではないか。

 そして相手にとってそうである事もまた、私は知っている。
 だから私がこの女に、上っ面の好意や敬意を払う必要はない。
 何処まで行っても私とこいつは敵対関係なのだから。

「…何故貴様がいるんだ」
「久しぶりに会った先輩にその態度? 相変わらず礼儀がなっちゃいないのねぇ」

 揶揄するような響きの声で言って倣岸に腕を組む女。
 神納、…神納亮子は私がかつて所属させられていた組織での、いわば同僚のようなもの。
 私と同じように組織に連れ去られ、私と同じように利用され。
 …同じ境遇、その筈なのにこれだけ何かが違うというのも、合わないと言うのも、珍しいと人は言うのだろうか。

 だが。
 奴と私には決定的な違いがある。
 つまり、組織の中での、彼らの命令系統に対するスタンスの問題だ。

 私は強制され、押さえつけられて従わされるそんな毎日を厭っていた。
 ……だがそれは、私が奴らに逆らったからで。
 寧ろ奴らに逆らいさえしないのならば、暴力も罵倒も、…責めを負うことなどありえない。

 つまりは、そういうことだ。
 大人たちの命令に従って誰かを傷つけ、痛めつける事を、あの女は厭わなかった。
 否、それどころかそれを楽しんでいる節さえも感じられた。
 そういうことなのだ。
 私とあいつが今まで相容れず、そしてこれからもきっとそうであろうと断定できる理由。

 この女は、他者を傷つける事を厭わない。

「貴様に払う敬意など持ち合わせていない。何の用だ」
「何の用…? やぁだ風深、本気でわかんないわけ?」

 馬鹿じゃないの、と嘲るように言い放って、彼女は靴をかつかつと鳴らす。
 神納独特のそれは、戦闘に入る前の合図のようなもの。

「連れ戻しに…或いは始末しに来たと、そういうことか?」
「さぁ?」
 自分で考えれば、そう言いながら神納は組んでいた腕を解く。
 いつの間にかその手に握られていたカードへ軽く口付けて、小さく何かを唱え──

「! 神納、待…」

 言い終える前に。
 神納はアスファルトを蹴って、私の方へ一直線に突っ込んでくる。
 言い終えた後だろうが、こいつが聞くわけはない。だからどのみち同じ事だが。

 …ともあれ浮かんだ疑問を検証する暇はない。
 カードを取り出し、呟くように言葉を告げる。
 白銀の爪牙を右腕に纏い、弧を描いて叩きつけるように放たれる蹴りを篭手で受け流す。

「!」
 かわされるとまでは思わなかったのだろう、僅かだけ緩んだ神納の胴目掛けて氷を纏った一撃を見舞う。

 咄嗟に腕を突き出して──反応は良かった。
 そこは、流石に神納だ。
 だが、学園の生徒として1年以上鍛錬を重ねた私と神納では、地力に差がありすぎる。
 受け流しきれなかった攻撃の余波を受けて、神納はあっさりと膝をついた。

「…変な手品習得してんのね」
 冷気の余波で白く凍りついた両腕を振りながら、面白く無さそうに神納が悪態を吐く。

「貴様こそ相変わらず狡い事をする。組織からの命だと匂わせて動揺でも誘うつもりだったのだろう」
「…ふん」
 肯定か否定か、苦々しい顔で吐いて捨てて、神納は視線を逸らす。

「学園に来たのか」
「…さあね」
「イグニッションカードを持っているのは、学園能力者だけだ」
 当たり前の事で、恐らく神納も知っている事だ。
 であるからして別にそれを、神納に言い聞かせたわけではない。

「森屋はどうした」
「──…」
 何事があってもニヤニヤと嫌な笑みを浮かべているこいつにしては珍しく、解り易く表情を歪ませる。

 …こいつが1人で、夜の街を出歩く。
 そうというだけで普通でないことは理解できる。
 こいつが、こうしてここにいるのに。
 であるのに、森屋がいない、という、それは明らかな異変だ。

 神納がどうかはともかくとしても。
 森屋が神納を独り放っておくなどという事は有り得ないと、それは私にも断言できるからだ。

「…何かあったんだな」
「別に何も──」
「なければ、こうなる前にあいつが止めている」
「……」

 私が先ほどから口にしているのは、神納も私も十分に知っている明らかな事実だ。
 だから神納は言い逃れられない。

 何があっても。
 虚言と皮肉と悪態ばかりで何もかもを嘲るこの女でも。
 森屋のことだけは、嘘をつけないのだ。

 こいつはそういう女だ。
 何もかもを侮り嘲って、平気で偽る癖に、一番大事なところでだけは嘘をつけない。
 大事な想いばかり言えないまま留めてしまう私とは違う。

 ……それももしかすれば気に入らないのかもしれない。
 全く以て、勝手な話だが。

「…チッ。ゴーストにやられたのよ、あいつ」
「……それは…」
「死んじゃいないわよ。ちょっと寝坊してるだけ」
 平然と、…否、平然を装って神納は言い放つ。

 それでもそれが何とも無いことではない…などと言うのは、解りきったことだった。
 人の内心を読み切って、一番相手が嫌がることをするのが身上…などと憚らず豪語するこの女が、会話する相手と視線を合わせないのだから。

 神納が言うには、組織に言い渡された鍛錬──まあ要するにゴーストとの戦闘だが──の最中に深い傷を負って倒れたらしい。
 …と言っても森屋が解り易くそんな下手は打つまい。
 立ち回るのが巧い奴だから、余程がなければ致命傷などと言う事は無い。
 神納はそうとは言わなかったが、…恐らく彼女を庇ったのだ。

 そして戦闘が終わっても、森屋は目覚めなかったらしい。
 死んでいないのは解っても、目を覚まさない。
 傷は適切に手当てもしていたが、朝まで待っても──目を覚ます事だけはなかったと言う。

 弱者や役に立たないものは切り捨てる。
 そういう組織だ。
 怪我が元で倒れた能力者など、不要物と始末するに決まっていた。

「…で、思い出したくもないあんたの事を思い出したわけ」
「何故私の事を?」
「銀誓館はデカイ組織でしょ? あいつらも手ェ出せないって愚痴ってたわ」

 成る程。
 恐らく脱走した私への処遇の問題でも話しているのを漏れ聞いたのだろう。
 確かに一度も組織の人間に襲われた事はなかった。
 だから神納に会ったのにも驚いた、のだが。

「…森屋の面倒見て貰うから。恩義よ、そンだけ」
「そうか」
「…何か文句あンの?」
「お前でも恩義などと言う言葉を使うのだな、と思っただけだ」

 それが何か悪いわけ、とでも言いたげに睨んでくる神納を見返して、息を吐く。

「組織が気に入っているとばかり思っていたがな?」
「森屋がいないンなら意味な──、…!!」
「…そうか」

 小さく、息を吐くように呟く。
 煩いわね、と何も言っていないのにそんな台詞を吐き捨てて、神納はまた視線を逸らす。

 私とこいつは敵対関係。…ずっとそう思ってきた。
 けれど私にそう思わせてきた彼女のその行動が全て、その一心であったなら。

 大切な人と離れがたいと、そう思っていただけの事ならば。

 …肯定は出来ないけれど。
 理解はできる、と、そう思う。

「…そりゃ、ま、人いたぶンのも嫌いとは言えないけど」
「だろうな」
 全く以てお前らしいよ、などと続けると、あんたに理解されても嬉しくないと返る。

 私とてこいつを理解したいなどとは毛頭思わんが。

「…ふん」
「用事はそれだけか」
「本当はアンタにこんな事言いに来るのも面倒だったわよ」
「来なければ良いものを」
「えーそーねそうですわね。ったくちょっと情けをかけたらこうだもの。だからアンタ嫌いなのよ」
「それは奇遇だな」

 私とてこいつは嫌いだし、理解してやりたいとも思わない。
 先ほど言ったとおり、理解したいなどとも思わない。
 思わないのだが、…理解できてしまうものは仕方が無い。
 言うのも気持ち悪いので言わないが。

「…でも仕方ないじゃない。森屋あんたの事気にしてたし」
 不機嫌そうに言い捨てた声音は多分、拗ねていたのだろう。
 ……森屋が関わると多少印象が変わるのは感じていたが。
 よもや此処までとはな…。驚いたものだ。

「よく組まされていたからな。それ以上でもそれ以下でもないだろう」
「ンなのわかってるわよ」
 わかってる、と言いつつ、それを聞いた時の神納の表情は安堵を含んでいて。
 …変わりすぎだろう、幾ら何でも。

「だが解せないな。そもそも森屋のようなお節介な人間とは、一番そりが合わないと思っていたが?」
 僅か揶揄するような響きの言葉を投げかける。
 そりが合わなきゃ一緒に居ちゃいけないわけ、と剣呑に噛み付かれて、溜息。

「そうは言っていない。何が気に入ったのか単純に疑問に思っただけだ」
「……うっさいわね。仕方ないじゃない」

 仕方ないじゃない、と、目線を逸らして呟く神納の口から、次に出る言葉は。
 …まさかそれとは思いもよらない、ものだった。


「…あんなんでも、…一応、まあ、……弟だし」


 そんな、あまりにも衝撃的な言葉に。
 私はそれを頭の中でうまく処理できずに呆然としてしまう。

 そんな様子を、神納は訝るような目でじと、と睨む。

「何よアンタ。カレシかなんかだとでも思ってたわけ?」
 生憎とあんなガキ相手にする趣味はないわよ、などと大仰に肩を竦めて、神納は溜息を吐く。
 知らなかったなら言わなければ良かった、とでも言いたげだ。

 …いや、確かに、付き合ってでもいるのかと思っていたのは、否定しないのだが。
 そうでなかったとしても、まさか、…弟? などとは、夢にも思わない。
 髪の色も目の色も違いすぎるし、何より、…性格がまるで似ていない。
 否、無論、兄弟だからといって必ずしも、性格が似るわけではないのだが。

「…姓が違うだろう」
 やっとの事で口にする。

「めんどくさい事情があンのよ。アンタに話す気はないけどさ」
「私も別に聞きたくはないな」
 聞きたくないとまで言うと語弊がある。
 だが、別に話したくない事に無理に立ち入るほど私は無粋ではないつもりだし、何より相手が神納だ。
 聞き出したとて私が彼女に対してしてやれる事もかけるべき言葉も恐らく見つからないだろう。

「…とんでもないクソな男だったのよ。そンだけ」

 そうと吐き捨てた神納の表情には、嫌悪の色がありありと浮かんでいる。
 …良い思い出でないのは明白だ。
 なればこれ以上その話を引きずるのも酷だろう。

 …別に神納に対して同情があるわけではないが。
 それでもあの「組織」にいた人間には、それぞれに込み入った事情があり、或いは辛い過去があり、…というのは、私も知っていた事だったから。
 私とて問われたくはないそんなものを、他人に問うような事はしたくはない。

「…ま。挨拶は済ませたワケだし、あたしゃそろそろ退散させてもらうわ」

 それ以上の追及を(するつもりもないが)恐れたのか、それとも話題の切れ目を潮時と思ったのか。
 神納はそう言って肩を竦めると、あっさりと踵を返す。

「あァ。…たまには遊んでやっても良いわよ?」
「は?」

 振り向きざまに言った神納が、何かを投げて寄越す。
 小さなメモだ。
 …何事か、と問う前に、ンじゃあね、などとひらひら手を振って、神納はそのまま振り返らず去っていく。

 ……問わなくても大体中身はわかるが。
 本当に、素直じゃないというか、ひねくれているというか、捻じ曲がっていると言うか。
 …それに関しては、人の事など言えないのも自覚はあるのだが。

 目を落としたメモの中身は、幾つかの英数字の羅列と、一言。

『あの時は悪かったわね』

 …それを目にして少しだけ、去年の春のあの日を思い出した。
 今日のあいつと、同じ理由で、…私が組織を抜け出した日を。

 そういえば、…そうだな、そんな事もあったか。

「全く…」

 面と向かって言わない辺りが、あいつらしいというか。
 尤も、面と向かって言われた所で恐らく私が突っ撥ねていただろうが。

 …あいつと私は敵対関係。
 それは何も変わっては居ないけれど。

 少しだけ分かり合えたような、そんな気はした。
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