FC2ブログ

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

★夏の夜の夢と現

2008年08月01日 06:52

 おおきなふとい腕が、伸びて来る。
 それを避ける事だってできるけど、避けたらきっともっと殴られるから、わたしはぎゅっと目を瞑って、奥歯を食いしばった。

 『競争』に負けたり、なにかが達成できなかったりすると、こうやってみんな、殴られた。
 それが嫌だったから、皆、誰もが必死だった。

 いつも、顔はなぐられないのだ。
 だって、そうしたら学校のせんせいが、異変に気付いてしまうから。
 おなかにふりおろされた重たい一撃は、それとわかっていて力を込めて待ち構えていても、やっぱり、痛くて。
 涙がでそうになるのを、必死でこらえた。

 泣いたらまた、それを理由になぐられるのだ。
 でも、泣かなくてもやっぱり、もっとなぐられるのだ。
 どっちも変わらないから、わたしは、泣かないようにしようと決めた。
 だって、それはなんだか、あいつらに屈服しているようで、すごく不快だったから。

 じっと目の前の相手をにらむ。そうしたら、その目が気に入らないと、またなぐられた。

 痛い。
 けれど、泣かない。泣くものか。

 またなぐられる。
 …すごく痛い。目のはしから涙がこぼれそうになった。

 なぐられる。
 痛い。
 なぐられる。
 痛い。

 わたしをなぐりながら、彼らはひどい罵声を投げかける。

 役立たず。
 できそこない。
 そんな言葉を、次々と。

 痛いよ。…ねえ、痛いんだ。

 やめて。
 やめてよ。


 ──いつまで、私を苛むの…?
 
 
「…!」
 目を開けても、醜く歪んだ男の顔は其処にはなかった。
 煌煌とした蛍光灯の眩しさが目に痛い。
 …電気を付けたまま、眠っていたらしい。…不覚にも。
 小さく頭を振って、ばちんと電灯を消した。
 布団に潜り込んで目を閉じて──けれど、目を瞑れば、私を罵倒する『彼ら』の声が鮮明に思い起こされてきて──
 ──脇腹が、抉られたように痛くて。
 がば、と跳ね起きて、半分叩くようにして電灯を入れ直す。
 …震える指で、恐る恐るシャツの裾を捲る。
 無論、そこにアザなどある筈がない。
 残っているのは、火掻き棒で殴られた火傷の痕や、『競争』で傷ついた詠唱兵器の条痕くらいだろう。
 あれは、所詮夢の中の出来事なのだから。
 けれど、今しがた殴られでもしたかのように、何故か、そこがじくじくと痛んだ。
 そして、その痛みが告げてくるのだ。
 そこはお前の居場所ではない。
 陽の当たる場所に居られる権利など、お前にはないのだ──と。
「……」
 …震える指が、思わず傍らの携帯電話に伸びる。
 まだ数の少ないアドレスの中から、…もう慣れ切った、いつもの番号を入力する。
 …無機質なコール音。
 こんな時間にこんな事をするなんて、どうかしている。…もう、眠っているに違いない時間だと言うのに──
 ぶつり、とコール音が途切れる。それと同時に、受話器の向こうから流れて来る、…声。
「どうしたの、翼? 何かあった?」
 …予想に反して、受話器の向こうの声は、憎らしいくらいにいつも通りだった。
 …いや、僅かに案じるような空気を含んでいたとも言えなくもない。
 私は答えあぐねて、口を閉ざしてしまう。
 …否。それよりは気恥ずかしくて言えなかった、が正しいだろう。
 夢を見て怖かったから電話をかけた…など、そんな小学生でもないのだから。
 …口調からして、恐らく察しては居るのかも知れないが…。
 それでも、寧ろそれだからこそ尚更、私の方からは何を言い出す事も出来なくて、黙り込む。
「……ふぅ、また、昔の夢でもみた?」
 …かも知れない、ではなく、とっくに察しているようだった。
 まあ、元々真夜中に電話するような事態が、今までにその程度しかないのだから、容易に想像はつくのだろうが。
 気遣わしげで、それでいて泣きそうなくらいに温かい声音。
 …ただ、相手から言い出された事でも、それでも…それでもやはり、そうと認める事はできなくて。
「…別に、私は…。……何でも、ない…」
 もうとっくにバレているのは知っていても、そうやって虚勢を張ってしまう。
 …一瞬の沈黙があった。そのあとに、仕方ないなと言う風に笑ったのが聞こえた。
 聞こえない振りをした。…認めるのは、やっぱり癪だった。
「まぁ、何でもないんなら良いんだけど、ね……じゃあ、せっかく電話して来たんだからお喋り付き合ってよ。ちょうど僕も眠れなかったとこだし」
 …解られていると知っていてのその言葉は、…ひどくむず痒く思えた。
 隠すのが下手なのは自覚しているが、奴も大概誤魔化すのが下手だな。
 …と、させた本人が云う事ではないのだが。
「…別に。お前がそうしたいなら、付き合ってやっても良いが」
 いつものように答えてやると、あはは、といつものように暢気な笑い声が返る。
「まぁ、文化祭も終わったしいよいよ夏休みだねー。今年はどうしよっか」
「夏休み…。…臨海学校はタイミングが合わなかったしな。適当に、ゴーストタウンにでも行くさ」
 当然の事のようにそう答えてやると、…何故か、奴はそっと溜息をついたような気配がした。
「や、ゴーストタウン行くのは良いんだけど、偶には気晴らしに遊ばない?こう、パーっとさ」
「遊ぶ…? …結社で遊んでいるだろう」
「……あれを遊びというかどうかはともかくとして…」
 どことなく呆れたような疲れたような声。
 …言われて思い返すが、確かに奴とは『遊んで』いるというよりは…、…まあ。
 私に言わせれば、単なるコミュニケーションの一環のようなものなのだが、…遊んでいる、と分類できる内容では、ないかも知れない。
「…そうじゃなくて、もっとこうさ、夏だからできることーって、あるだろー?」
「…何か、あるのか?」
 夏だから出来ること。
 夏だから、と言われても、特に私には夏と言う季節に特別なものを感じはしない。
 続いた奴の言葉に、おうむ返しに問い掛けた。
「こう、海行ったり山行ったり夏祭りとかだってあるわけだし、そういう普通の夏休み、してもいいんじゃない?」
 返って来た答えは、とてもシンプルで。
「…普通の夏休み……? …私が?」
 思わず、そう問い掛けていた。
 『普通』の夏休み。
 それというほど、自分に不釣り合いな言葉だと思うものはない。
「うん、きっと楽しいよー♪ 僕がいて、翼がいて、陽菜ちゃんや氷辻ちゃん、凱門くんがいて、皆で色んなとこに遊びに行くんだ」
「…皆で……か」
 その場面を想像でもしているのだろう、明るくはずむような、受話器の向こうの声。
 …目を閉じて、その想像を巡らせようとしてみる。
 陽菜が居て、…氷辻が居て。雁河家や、…結社の面々が、顔を合わせている。
 そんな光景だけでも、…とても楽しそうなものに思えて。
 普通の、夏休み。
 …皆とそんな風に過ごせたなら、…それは、とても充実した毎日になるだろう。
「……お前はともかく…陽菜や氷辻や、…皆が居れば、楽しそうだな…」
「む、僕はともかくって何さ」
 むっと電話越しの声がむくれたようなそれに聞こえた。
 思わず笑いそうになるのを堪えて、ぼす、とベッドに倒れ込む。
「…頼まなくてもいつもいるだろう、お前の場合。…普段と変わらないじゃないか」
 そう、いつも頼んでも居ないのにそこに居て。
 頼んでも居ないのに色々と世話を焼いてきて。
 …けれど、…気付いているのだろうか。
 それは、こんなにも私の心を、…軽くしてくれる。
「あ……そう、だね。確かにそうだ」
「……?」
 …何処となく、話す声が柔らかくなった、ような気がして。
 零れてくる嬉しそうな笑みに、何か変なことを言っただろうか、と、首を傾げる。
 …それを口に出して問い掛けてやると、なんでもない、と、まだ笑み混じりの声で、返ってきた。
「まぁ、とにかくそういう風にさ、みんなで遊びに行こうよ」
 何処となくはずんだような、…そんな声音で。
 無邪気な問い掛けに、思わず口元に笑みが浮かぶのがわかる。
 みんなで。
 私はきっと、その言葉に驚く程、魅せられているのだと思う。
「……ん、…そうだな。それも…楽しいのかも知れないな」
「うんうん、きっと……いや、絶対楽しいよ」
「……そうだな…。」
 …そうして話しているうちに、…何時の間にか、恐ろしい夢の恐怖感は綺麗さっぱり拭われていた。
 …こういうのも、…悔しいが、あいつの力なのかな、と思う。 
「……と。…悪かったな。明日も早いのに、長電話させて」
「んー?平気平気、言っただろ。僕も眠れなかったって」
 …そう言って、あいつは笑う。
 全く。…嘘か本当かは解らないが、それでもだいぶ長く時間を使わせた筈なのだが。
 まあ、…気にしていないのなら。私も気にしないようにするのが、筋だろう。
「…そうか。……なら、いい。…そろそろ、私は休むが。お前は?」
 ただ、それでも少し申し訳ない気持ちは残るから。
 口調は少し、おもねるような風になってしまっているだろう。
「ん、そっか。じゃ、僕もそろそろ寝ようかな。今度は寝れるかもだし」
 それを何となく察しているのだろうか、あいつの口からも苦笑が漏れた。
 …受話器を置きかけて、…少し、考える。
「……。……悪かったな」
 考えた末に出た言葉は、いつも通りの皮肉ったようなそれで。
「……わ、珍しい。明日は雪でも降るかな」
 …でも、奴はその意味を、…どうやら、正確に理解したようだった。
 それが、普段の私から出るには余りにも不似合いなものだったからか、…そんな軽口を叩いて、くすくすと笑っている。
「…うるさい。前言撤回だ。……私はもう寝る」
 見透かされているのが何処となく悔しくて、…それに気恥ずかしさも混じって。
 私は言うと、受話器を耳から外しかけて──
「あはは……あ、ちょっと待って」
 呼び止める声に、どうかしたのか、と尋ね返した。
「ん、僕に謝る必要はないからね。僕は自分の意志で"ここ"にいるんだから」
 淀みのない、真直ぐな口調で告げられる、その、言葉。
 奴の言っているそれの、今回の話以上の意味がなんとなく解ってしまって。
 …それが少しだけ気恥ずかしくて、少しだけ言葉に詰まってしまう。
「……。別に、私は……。…好きにすれば、良いだろう」
「ん、好きにする」
 やっとの事で口にすれば、奴は満足げな声音でそう言って、…多分、小さく笑ったのだろう。
 判然とした答えと、その穏やかな笑みと…なんとなくそれが余計に恥ずかしくて、…半分急ぐように、電話を切った。
 また明日、と、聞こえた声の余韻が、僅かに耳に残る。

 …普通の夏休み、と言われて、一瞬それがどんなものなのか、…私には解らなかった。
 夏休みを『普通』と呼ばれるように、過ごした事など…記憶にもないから。
 けれどそれが、…皆が居て、…私もその場所に居られるというのだったら、…それは、とても、幸せな光景だと思えた。
 …私にその資格があるのか、…そんなことは、解らない。
 あったとして、果たして、彼らとともに笑い合う権利など、私にあろうものか。
 けれど、…龍志は言った。
 それが当たり前の事のように、『皆で遊ぼう』と言ったのだ。
 私の事を、…それこそ、悪い部分まで根こそぎ──知っているあいつのその言葉は、…驚く程、私の心を軽くしてくれて。
 …普通の、夏休み。
 私にも、できるのだろうか。

 時計を確認すれば、まだ起床までは猶予があった。
 目を閉じても、…もうあの恐ろしい面影はそこには、なくて。
 ただ、これから訪れるかも知れない、…幸せそうな光景が、瞼の裏に、浮かんでいた。


 +-+-+


お話を書くにあたって、龍志君の背後さんに御協力いただきました。
龍志君背後様、どうもお世話になりました(ぺこ)
スポンサーサイト


コメント

  1. 蒼城・陽菜 | URL | ul68WnVk

    くううう、どこのどいつだ、俺の翼(待w)にひどいことしたのはー!!(叫w)
    …ぜぇ、はぁ(なんとか呼吸を整えた(笑)
    うん、でも本当に、翼の側に緋野がいて良かった。
    夏休みは思いっきり遊ぼうなー♪
    ちなみに、普通どころじゃなく目いっぱい楽しくて翼の可愛さと萌えに溢れた素晴らしい夏休みにするつもりなので心の準備はしておくんだぞ(待w)

  2. 風深・翼 | URL | ap6xNNEE

    …まあ、慣れている。
    奴らにしてみれば普通の親が子供の世話をするのと同じ感覚だろうしな。
    …もう、気にしてない。……でも、…ありがとうな。

    あれは…まあ。
    確かに、奴は、その、いないよりは…そうだな…良かったが……(素直じゃない/笑)

    …楽しい、のは、…良いと思うのだが。
    その、『可愛さ』と『萌え』は、何処かに置いてきてもらえないか…?(何w

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://glasswingair.blog60.fc2.com/tb.php/5-8ab8d09b
この記事へのトラックバック


最新記事


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。